研究所・センター
睡眠研究所
社会学部人間心理学科教授 浅岡章一
「良い成績を残すためには、寝る間も惜しんで勉強を」と眠い目を擦りながら教科書や参考書を読んでいる学生さんも少なくないでしょう。また「深夜のほうが集中できるし、勉強もはかどる」と感じて、あえて深夜に勉強する学生さんもいるかと思います。しかしながら、これまでに様々な国で行われた実験や調査の結果は、そのような本来眠るべき時間に行う勉強が必ずしも良い結果に結びつかないことを指摘しています。
睡眠習慣と学業成績との関連を検討した有名な研究に、WolfsonとCarskadonによる研究があります(Wolfson & Carskardon, 1998)。この研究では、中・高校生の睡眠習慣を調査したうえで、学業成績との関連を検討した結果、平日の就床時刻(布団に入って眠ろうとする時刻)が遅く、睡眠時間の短い学生ほど成績が悪いことを明らかにしています。さらに、この研究では休日の遅寝・遅起きや、週末の寝だめと低い学業成績との関連も指摘されています。つまり、翌日に学校のある日に夜遅くまで起きていて、その結果として寝不足で学校に通い、その寝不足を週末で取り戻そうとするような睡眠習慣を有する学生の成績が悪いということになります。このような睡眠不足や遅寝と学業成績悪化との関連は、この研究に限らず、様々な国で行われた研究においても確認されています。
では、なぜ睡眠不足が成績の悪化に結び付くのでしょうか?朝の起床が困難になることによる遅刻・欠席の増加、授業中の居眠りに起因する学習内容の理解不足などは、睡眠不足が成績悪化に結び付くメカニズムの一部分を説明するものと思われます。しかし、睡眠不足によって生じる問題は、居眠りの発生だけに留まりません。これまでに世界中で行われた睡眠実験の結果を基に、睡眠不足等の睡眠の乱れによって起こりうる認知的・心理的問題を図1にまとめました。この図にあるように、睡眠の乱れはミスの増加やスピードの低下だけでなく、記憶力の低下や自己評価の悪化、そして気分の悪化をも引き起こします。眠い目をこすりながら授業を受けることや、眠気と闘いながら家で勉強をすることが、いかに不効率か、そして、睡眠不足の状態でテストに挑む事の無謀さが分かっていただけるでしょうか?
よい成績をとるために必要なことは、「寝る間も惜しんで勉強する」ことではなく「眠るべき時間にシッカリ眠り、頭の冴えた状態で勉強する」ことのようですね。
Wolfson, A. R., & Carskadon, M. A. (1998). Sleep schedules and daytime functioning in adolescents. Child Development, 69, 875-887.
【図1:概要に関わる図】睡眠不足をはじめとする睡眠習慣の乱れが引き起こす認知的・心理的問題(浅岡,2017)
「私は夜型人間だから、夜中に作業をした方が集中できるしミスも少ない」と思っている人も少なくないと思います。しかしながら、その認識は正しくなさそうです。ここでは自らの作業エラーの認知についての研究をいくつか紹介してみます。紹介する一つ目の研究であるTsaiら(2005)は、徹夜明けの朝10時における認知課題の成績を通常通りの睡眠をとった後に同時刻に行った認知課題の成績と比較しています。
認知課題は防音室内でPCを用いて行われ、その際の脳波も記録されています。その結果、徹夜明けの状態では反応が遅く、ボタンの押し間違いも多いことが確認されました。この研究では、反応時間や正解率だけでなくボタンを押し間違えた際(つまりエラー時)の脳活動を脳波を用いて検討し「エラーの検出(気づき)」と「エラーの意識的再認識(解釈や意味づけ)」の過程を数値化しています。
つまり参加者が反応を間違えた際に「その間違いに気づいたかどうか」「その間違いをどの程度認知的に処理したか」を、脳波を使ってコッソリと測っているわけです。そして、それらの指標を用いた結果から徹夜明けではエラーにも気づき辛く、エラーを十分に(認知的)処理できていない事が示されました。
さらに、Murphyら(2006)らの研究は20時間の連続覚醒(つまり夜中の2時や3時の作業時)には、エラー検出はある程度可能なもののエラーの解釈や意味づけが不充分となる事が示されています。さらに、この研究において注目すべき点は、エラー数は20時間の連続覚醒時には「まだ増加していない」という点です。つまり、眠気によるエラーの意識的再認識機能の低下は、実際のエラー増加に先立って生じるということです。
このような、エラー認識に関わる機能が「眠気に弱い」事は、我々が行った研究でも明らかとなっています(Asaokaら,2012)。この研究において、我々は眠気により低下した(エラー認識も含む)認知機能が、深夜の短時間の睡眠(仮眠)によって回復するかどうかを検討しました。参加者には通常通り朝に起床した後、夜中の4時まで起き続けてもらいます。そして夜の21時、深夜2時と3時の3回にわたって認知課題を実施し、その際の参加者の脳波を記録しました。ただし参加者の半数には深夜1時~2時までの1時間の仮眠をとってもらいました。
解析の結果、仮眠をとらなかった参加者では、夜の21時の際と比較して、深夜3時でのエラーの回数が多くなっていたのですが、仮眠をとった参加者ではエラーの増加は認められず、仮眠が反応の正確性の低下を防止したと考えられました。
しかし、エラーに対する主観的再認識過程は、仮眠の有無に関わらず夜9時と比較して深夜2時および3時の段階で障害されていました。つまり、1時間程度の仮眠によって、反応の正確性は回復するものの、エラーの解釈や意味づけは仮眠をとっても不充分なままであると言うことになります。
このようなことから考えると、深夜の作業時の「なんだか上手くいっているような感覚」は、エラーを十分に処理しないことに起因する間違った感覚なのかもしれません。
1、Asaoka, S., Fukuda, K., Murphy, T. I., Abe, T., & Inoue, Y. (2012). The effects of a nighttime nap on the error-monitoring functions during extended wakefulness. Sleep, 35, 871-878.
2、Murphy, T. I., Richard, M., Masaki, H., & Segalowitz, S. J. (2006). The effect of sleepiness on performance monitoring: I know what I am doing, but do I care? J. Sleep. Res., 15, 15-21.
3、Tsai, L. L., Young, H. Y., Hsieh, S., & Lee, C. S. (2005). Impairment of error monitoring following sleep deprivation. Sleep, 28, 707-713.