研究所・センター
睡眠研究所
社会学部人間心理学科講師 野添健太
睡眠によって記憶の定着が促されること(睡眠による記憶の固定化)についての知見は枚挙に暇がありません。記憶の固定化についてこれまでに分かっていることを簡単にまとめると,図1の様になります。つまり,記憶の固定化には,主に夜間睡眠の前半部分で生じる徐波睡眠(いわゆる,熟睡に相当する睡眠)と,夜間睡眠の後半部分で頻繁に出現するレム睡眠の両方が重要な役割を果たしているとされています。つまり,一晩の睡眠を通して,私たちの記憶はより強固なものになってゆくというわけです。なので,徹夜をしたり一夜漬けで勉強したとしても,これらの睡眠の恩恵を受けることができないため,知識が翌日以降に定着しづらいというわけです。
以下では,私が授業で「睡眠と記憶」について話をする際に学生さんから比較的良く聞かれる質問について,私なりの考えをまとめてみたいと思います。
その質問というのは,「朝,勉強するのと,夜,勉強するのではどちらが記憶の定着に良いですか?」というものです。これは一見簡単に答えることができる質問に見えて,結構難しいと感じます。古典的な記憶研究の知見から言うと,「夜に勉強した方が,眠るまでの時間経過が比較的短く,他の情報から干渉を受ける機会が少ないので,覚えたい情報を比較的フレッシュなまま保つことができ,それによって睡眠による記憶定着の恩恵を受けやすい」と説明することができます。つまり,学校から帰ってきてから眠るまでの間に一定程度の勉強(復習)をするのが良いというわけです。しかし,勉強を頑張りすぎて夜更かしをしてしまっては元も子もありません。
では,朝に勉強しても意味はないのでしょうか。朝起きしてしばらくたった後のタイミングは眠気が最も少なく,頭が冴えて暗記物がはかどりそうですよね。記憶研究の観点から言うと,朝に経験した内容は,眠る前の頃には出来事の「詳細」部分が省かれて「概要」としての内容だけが残っている状態になります。つまり,出来事の重要な部分についての記憶はあるものの,その細部が抜け落ちてしまっているわけです。では,その様な状態で眠っても睡眠の恩恵を受けることはできないのでしょうか。
(1)覚醒中の記憶処理
結論から言うと,勉強内容の「概要」にあたる内容は比較的時間が経った後も記憶されているため,朝の勉強も十分効果的だと言えます。
例えば,Ellenbogen et al.(2007)の実験では「BはAよりも大きい」「CはBよりも大きい」「DはCよりも大きい」という様なルールを憶えてもらい(学習),後に「AはDよりも小さい」などのテストを行いました。テストの時に提示する文章は,学習時には提示されないので,テストの時に文の意味を理解して推論する必要があるわけです。このようなテストを行うと,もちろん学習からテストまでの間に十分に睡眠を取った条件が最も成績が良くなるのですが,学習からテストまでの間にしばらく起きていた条件であっても,学習後すぐにテストを実施する条件よりも成績が良かったのです。つまり,学習後にしばらく起きているだけでも,このテストに関するルールを学習すること自体はできていたというわけです。また,記憶に関する他の研究でも,出来事に共通したルールやテーマに関する記憶は,個々の詳細な情報についての記憶よりも一定の時間が経過した後も忘却されづらいということも報告されています(Gallo, 2006)。
この様に,私たちの記憶は起きている間も形を変えて保持され続けているので,全ての情報を夜になったら忘れるわけではありません。また,起きている間に獲得した物事の「概要」にあたる記憶は,その後も睡眠を取ることによってより強固に保持される可能性があります。さらに,「概要」に関する記憶は,洞察や問題解決などの複雑な認知処理を可能にするために必要なものであることが指摘されています(Durrant & Johnson, 2021)。ですので,朝の勉強でも記憶の定着には一定程度の効果があるわけです。むしろ夜に勉強を頑張ってしまうと,どうしてもその日の夜の睡眠時間を削らないといけません(始業時間は毎日決まっているわけですので)。そのような状態で朝学校へ行っても,頭は冴えませんし,気分も優れず,意欲も湧かなくなって,かえって逆効果でしょう。もちろん,夜の勉強そのものを否定する訳ではありませんが,古典的な記憶研究の知見がそう示しているからと言って,それをそのまま鵜呑みにすると,逆に翌日の勉強の効率まで低下させかねないということは理解しておいてください。くれぐれも眠る前に勉強を頑張りすぎて,夜更かしをしてしまうということはしない様に気をつけてくださいね。
Durrant, S. J., & Johnson, J. M. (2021). Sleep’s Role in Schema Learning and Creative Insights. Current Sleep Medicine Reports, 7, 19-29.
Ellenbogen, J. M., Hu, P. T., Payne, J. D., Titone, D., & Walker, M. P. (2007). Human relational memory requires time and sleep. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 104, 7723-7728.
Gallo, D. A. (2006). Associative illusions of memory: False memory research in DRM and related tasks. New York: Psychology Press.
Lewis, P. A., Knoblich, G., & Poe, G. (2018). How Memory Replay in Sleep Boosts Creative Problem-Solving. Trends in Cognitive Sciences, 22, 491-503.