研究所・センター
睡眠研究所
社会学部人間心理学科教授 山本隆一郎
みなさん夜はぐっすり眠れていますか?布団に入ってもなかなか寝つけなくて苦しい。そんな夜もあるかと思います。眠りがなかなか訪れない背景には、生活習慣が不規則であったり、帰宅後の家庭環境による眠気の高まらなさや覚醒の高さが背景にあったりすることがあります。しかし、きちんとした生活習慣をとっていても、眠れなかった経験が繰り返されてしまうと、「なぜか、布団にはいると目が覚めちゃう」といった癖ができてしまいます(これを条件づけといいます)。梅干しを食べて酸っぱかった経験があると、梅干しを見ただけでも唾液が出てしまう。そんな現象に似ています。こうした癖になってしまっている不眠を抱えている方は少なくないとされています。
みなさんは、そんな「今日もまた眠れないのか…」という夜に布団でどのように過ごしているでしょうか?布団の中で何度もしっくりくる姿勢を探す人もいれば、スマホをいじってみる人、どこかで聞いた「羊を数える」という方法を実践している人もいるでしょう。しかしながら、これらは、かえって不眠を持続させてしまいます。例えば、「羊を数える」という方法を科学的に検証した研究(例えば,金子・田村・田中,2012)では、あまり効果がない可能性が報告されています。
では、なぜこうした方法は不眠に対して効果がないのでしょうか?布団の中であれこれ考え事をしたり、眠るために努力をすると、一時的に眠れない辛さから気がそれるのですが、考え事をして頭を使っているわけですから、かえって「布団=覚醒する場所」という条件づけが強固なものになってしまいます。
こうした悪循環から抜け出すためには、「布団に入ってから15分経っても眠れない時には布団から出て別の部屋に行き穏やかに過ごし、眠くなったらまた布団に入る」という方法がよいとされています。こうすることで、「布団=眠る場所」と覚えさせるのです。そして、これを実践した夜は睡眠不足で次の日眠いかもしれませんが、「朝はいつもの時間に起きること」これも重要です。こうすることで次の日はもう少し早く強い眠気が訪れ、「布団=眠る場所」と身体が覚えるようになるでしょう。
※この方法や自分なりの対処でも不眠が続くようでしたら、何か別の原因があるかもしれません。そのような際は医師に相談するのがよいでしょう。
金子凌太郎・田村典久・田中秀樹 (2012) 羊を数えると本当に眠れるのか?入眠促進における腹式呼吸との比較、日本睡眠学会第37回定期学術集会プログラム・抄録集,230.
不眠の経験は、誰にでも生じます。そして、多くの不眠はストレス反応性のもので、夜間の覚醒を高めるストレスとなっているものが撤去されると、自然に消失します。しかしながら、比較的長い期間ストレス(仕事のプロジェクトや対人関係の悩みなど)があると、寝床で眠れなかった経験を繰り返すことにより、レスポンデント条件づけの原理により、本来は中性刺激であった就寝環境と覚醒の連合が形成されてしまいます。また、不眠が続くと睡眠の質・量・位相の問題が生じ、日中の機能低下に繋がります(夜間の問題から24時間の問題へと発展)。こうして不眠が一旦形成されると、寝床で眠れないことに対する不安が生じ、さまざまな対処行動が選択されます。たとえば、布団の中で極力心地いい姿勢を探してみたり、「羊を数えてみたり」といった行動が挙げられます。こうした対処行動は、多くの場合、一過性に不安をごまかすことに機能したり、実際に効果がなくとも、きっと効果があるのだろうと良いところ探しをして、繰り返されてしまいます(オペラント条件づけ)。しかしながら、長期的にみると、就寝環境と覚醒の連合を強固なものにしてしまうため、「いろいろ頑張っても(頑張っているからなのですが…)眠れない」という状態になってしまいます(図)
山本 隆一郎(2013)不眠の認知行動療法の歴史とエビデンス、睡眠医療,7(2),262-267.
(図)一過性の不眠が慢性化してしまうメカニズム:学習理論による慢性不眠の理解(山本,2013を改変)
「何かを考えないようにしようとするとかえってそのことが頭から離れなくなる」という体験は皆さんにも経験があると思います。こうした現象を説明する理論として「皮肉過程理論(Ironic process theory)」というものがあります。皮肉過程理論では、思考の認知過程には、実行過程(operating process)と観察過程(monitoring process)があると仮定しています。実行過程とは、実際に思考を行う過程であり、思考をコントロールしたいと思わない時に使われる過程です。
観察過程とは、思考をコントロールしようとする時に使われる過程であり、思考がコントロールしたい内容に反していないかを観察する過程です。「○○を考えないようにしよう」という時には、実行過程において、「○○を考えないように」とすればするほど、「○○を…」と対象を考えてしまい、観察過程が、「○○を考えてしまった!」検出するといった形で、一時的に気がそれた気になっても「頭の中が○○でいっぱい」になってしまいます。
皮肉過程理論で考えると「眠れない心配や不安を考えないようにするために」としたうえで、あれこれ考え事で対処とすると、眠れない心配や不安がかえって大きくなってしまいます。羊を数える時というのは、眠れない時に「寝床であれこれ考えてしまうことを打ち消すために」行われることが多いので、多くの場合、非機能的な対処に終わってしまうのです。Harvey & Payne(2002)は、不眠者を、「自分が心地いいと思うものを積極的に考える」よう教示した群と「寝床での心配を考えないように気をそらしてください」と教示した群、教示を行わない群に分け、入眠潜時を検討しました。
最初の群(Image Distraction群)は、実行過程は使用されるが観察過程は使用されない群、第2の群(General Distraction群)は、思考を抑制させることによる実行過程に加え観察過程を使用する群となります。Image Distraction群が1番入眠潜時が短くなり、寝床での考え事も少ないことが報告されました。一方、General Distraction群は教示を行わない統制群と比較して有意に入眠潜時が短くなったもののその効果は小さく、寝床での考え事は(統計的に有意では無いものの)すこし増えてしまっていることが報告されました。
規則的な生活習慣を心がけ、眠れない時には布団から出て穏やかに過ごし、寝床であれこれ対処しないことが大事です。
Harvey AG & Payne S. (2002) The management of unwanted pre-sleep thoughts in insomnia: distraction with imagery versus general distraction. Behaviour Research and Therapy, 40(3), 267-277.